東日本大震災から1年。町のあちこちにはがれきの山があり、まだまだこれから多くの作業が必要ですが、一方で少しずつ復旧・復興が進んでいることも実感できます。

 

それぞれの復興

飲食店や商店がほとんど流されてしまった志津川地区では、被災した商店の人々が立ち上がり、飲食店・土産屋・雑貨店・理髪店など約30店舗が軒を連ねる「南三陸さんさん商店街」をオープンさせました。

同名店街に店舗を構える「創菜旬菜はしもと」の及川さんは「地元の人が集まる場所が今までなかったですからね。気軽に集まってお酒が飲める場所、ほっとできる場所になれば」と希望を語ってくれました。

 

廃校を利用した「Yes工房」

「南三陸復興ダコの会」では、様々なコラボ企画や新しい商品開発も進めています。また、ブログやツイッター、フェイスブックを通じた情報発信にも積極的。

 

同会の村井さんは「これからも町を癒す存在として、明るく・ゆるく、活動と情報発信を続けていきたい」と笑顔で話しました。

 

一方、南三陸町観光協会の及川さんは「今はまだ交通も整っていないし、がれきの処理もまだまだ。今は町の皆さんや支援してくださる方々と協力して、何もないところから一歩ずつ前に進んでいる状態です」と、これからの長い道のりを示唆しました。

 

魚市場は2011年7月から再開。今は仮の魚市場ですが、元の場所の魚市場の再開計画も進んでいます。船の発注に対して製造が追いついていない状態が続いていますが、少しずつ漁が再開できる人も増えてきました。

 

今、このプロジェクトが必要な理由

青く輝く志津川の海

ボランティアの減少や震災の風化も大きな問題となっている今、被災地では「もう私たちのことは忘れられているのではないか」という不安も生まれています。「全国でまだまだ応援している仲間がいるよ」と知らせることにも、このプロジェクトを今始める意味があると私たちは考えます。

また寄付していただいた方にも、何かを残したいという思いがあります。被災地以外の人が毎日震災のことを考えるのは難しいこと。ただ、このプロジェクトに関わることで、例えばタコを食べた時、海を見た時、ふとしたきっかけで少しでも南三陸町のことを思い出してもらえたら…。

この先何年、何十年とかかる復興作業。一歩ずつ進むしかない、長い道のり。「志津川タコ復興プロジェクト」では、漁師さんを始めとする、前に進もうとする南三陸町の人たちを少しでも後押しできればと思っています。

そして、寄付して終わり、という一過性のプロジェクトではなく、南三陸町と寄付者の方々との想いをつなぎ続けることを目標に、このプロジェクトをスタートします。

 

漁師さんからの「ありがとう」

志津川タコが全国の食卓へ・・・

漁師の星さんは、志津川タコ復興プロジェクトについてこんな言葉も残してくれました。

「支援してもらったら、恩返しはちゃんとしたい。何かもらったら『ありがとう』って言いたいんだ」。

皆さまの支援により、より多くの志津川タコが食卓へ…。旨み溢れる志津川のタコを味わうことで、寡黙な海の男の「ありがとう」が時間と距離を超えて届くことでしょう。

 

 

 

 

≪7.タコのおいしい食べ方 1.漁師さんからのメッセージ≫