震災の影響で、被災地の子どもたちの中には、自らの意思とは別のところで進路が決まるケースもあるだろう。そんな状況であったとしても、自分自身を知ることで、自分が望む方向へ進むことができるのではなかろうか—。NPO法人未来図書館の主任コーディネーターの恒川かおりさんは、以前にも増して、子どもたちに自分がどう生きたいのか、何をしたいのかを考える機会が必要になっていると感じています。
生き方について考える「未来パスポート」プログラム
リストラによる終身雇用制度の崩壊やフリーター・ニートの増加、仕事のグローバル化など働き方が多様化する一方で、子どもたちが将来の職業を意識して学ぶ機会は決して多くはありません。
未来図書館は「キャリア教育」という言葉がまだ普及していない2005年、子どもにも働き方について考える機会の提供を目的に発足しました。情報誌作成や地元企業コンサルティングなどの独自のキャリア教育プログラムを開発し、体験学習として岩手県内の小中学校や高校で展開してきました。2007年からは、多様な職業の社会人と子どもたちが自分たちの生き方について、相互に学びあえる「未来パスポート」プログラムに注力しています。
様々な分野の講師と直接対話
「未来パスポート」プログラムでは、1回あたり約20人の社会人講師を学校に派遣して、体育館などの広い教室に講師各人のブースを設置。新聞記者から銀行職員、看板メーカー社長、電車車掌、国際NGO職員、農業従事者など多岐にわたる分野の社会人講師が一堂に会します。
講師たちのプロフィールや質問集が収録された小冊子「未来パスポート」をもとに、学生は興味のある講師と直接にやり取りできる、大規模なワークショップです。学生は2人の講師から、仕事のことはもちろん、彼らの学生時代や将来の夢について話を聞くことができます。授業時間が少ない昨今、 授業時間2時限分だけで完結するワークショップは教員からの評価も高いと言います。
恒川コーディネーターは「良い話も悪い話も現実に沿って、社会人のありのままを子どもたちに伝えている。講師の中には『夢に向かって努力しよう』という人もいれば、『諦めが肝心』と説く人もいるんですよ」と、未来パスポートがリアリティを追求したキャリア教育プログラムになっていると笑顔で答えます。
子どもたちからも「楽しそうに話す講師の様子を見て、興味の無かった仕事を見直した」とか、「たいていの人が中学生の時に考えていたのと違う職業になっていたので、人生何が起こるか分からないものだと思った」など、自分の将来を考える参考になった、という感想が寄せられています。
生き方・価値観・働き方の多様さを直接学ぶ
未来パスポートは、県外へ進学を希望する学生の多い進学校や県内で就職を望む学生の多い工業高校など学校のタイプによって、内容をアレンジすることができる柔軟なプログラムだと言います。
未来図書館では、生き方や価値観、働き方も多様であることを社会人から直接学ぶことができる未来パスポートプログラムを、沿岸内陸合わせて年間5回実施する予定です。
岩手県に限らず被災地の多くでは、震災で地元産業が大きなダメージを受けた影響もあり、人口流出が止まりません。子どもたちの中には、経済的な要因から進学を断念するケースも増えています。沿岸部から内陸へと避難している家族が多数存在するため、このような震災の影響は沿岸部に限らず、内陸でも広がっています。そして震災以降、被災地では以前にも増して、地域に愛着心を持ち、地域をリードしていく人材が求められるようになりました。
学生ボランティア向けのワークショップ
全国には、震災を受けて「自分たちにできることはないか」と考えて、ボランティアに参加した、ないしはきっかけを探している高校生や大学生が多数存在します。そんな意識を持った県内の学生を対象に、未来図書館では被災地でボランティアとして活躍している人を招いてワークショップを行う「カタプラ塾」を開催しようと準備を進めています。
「カタプラ」とは、触媒という意味を持つ「カタリスト」と「+(プラス)」から作った造語。岩手の未来を作る若者たちに、地域の活性化を促す触媒として成長してほしいという意味が込められています。
カタプラ塾では、ボランティア参加者やボランティアに行きたいが悩んでいる人など、話を聞くだけでなくお互いに語り合う形式を取ります。対話を通じて、学生たちは自分の能力を改めて把握し、自信をつけることができると考えます。
地元で、ないしは遠くから地元を思い、活き活きと働いている社会人たちと正面から対話できる機会を提供することで、子どもたち一人ひとりの将来プランの設計を支援する未来図書館。今後、震災復興に貢献する人材育成にもつながると期待しています。