老人福祉施設でコンテンポラリーダンス。これまで全くつながることのなかった高齢者とアーティストが、アートリバイバルコネクション東北(ARC>T、「あるくと」)のプロジェクトを通じて交流を始めています。2011年4月結成した「あるくと」は約120人、30集団のアーティストたちが参加するネットワーク。
演劇俳優やダンサー、イラストレーターなど、仙台を中心に創作活動を行うアーティストたちが東日本大震災をきっかけに集結しました。「あるくと」では、被災地におけるアートの役割を意識しながら、避難所や学校、保育所などからの要請に応じて、ニーズに合致した活動を提供できるアーティストを派遣。体を使ったアクティビティや演劇、紙芝居など、数々の出前ワークショップを行ってきました。震災以来、精神的に落ち着くことのできない被災者にとって、アートに触れる時間は日常を忘れることができる時間でした。「あるくと」の活動は被災地に広く受け入れられ、たくさんの出前要請が寄せられました。
プログラム作りの基礎を構築
通常の創作活動では接点が無かった場所や地域へ足を運ぶ中で、宮城県東松島市の老人福祉施設「花いちもんめ」の千葉施設長から「高齢者が楽しめるプログラムを行ってほしい」と継続的な出前活動の要請を受けました。5月から月に一度のアーティスト派遣を行ってきましたが、入居者ケアの一環として、震災以前からアートプログラムの導入に関心のあった千葉施設長と意見交換を重ねた結果、入居者と施設のニーズを反映させたオリジナルのアートプログラムを開発することになりました。この活動は「高齢者と地元アーティストの学びあい事業」とプロジェクト化され、ニーズのヒアリングから、開発したプログラムの稽古、実施までの一連の仕組みを構築。2011年12月から事業をスタートさせています。
「訪問を始めたころ、ダンスを披露して、おじいちゃんおばあちゃんみんなが『ポカーン』ってこともありました」と振り返るのは、舞台監督で「あるくと」事務局長の鈴木拓さん。地元で活動していると言えども、アーティストと高齢者はこれまでの生活において、全く接点がありませんでした。しかし、継続して訪問することで、アーティストに「また来てくれたね」と声をかけてくれる方が増えて、ダンスに関心を持ってくれる方も見受けられるようになりました。
「ケアというより、お互いに寄り添って対話している」
一方で、アーティストの側にも変化が現れたと言います。「普段、自分たちの世界観に理解のある方へ向けてパフォーマンスしているアーティストも、『花いちもんめ』ではどんな反応があるか分からない。アーティストはすごく鍛えられる。そして、そこでのセッションは、その場でお互いに作り上げるものになっている」(鈴木事務局長)。一連の経験を通じて、作風が変わったアーティストもいると言います。鈴木事務局長は「こちらがケアをするというよりは、お互いに寄り添って対話している状態。そうすることで、お互いに本来の課題が見えてくる」と、このプロジェクトが高齢者だけでなくアーティストにも、相互に作用していると手応えを感じています。
この新たな試みに関して「あるくと」では、市民劇場運営やアーティストの育成などで地域とアートの関係作りにノウハウを持つNPO法人STスポット横浜の協力を得ています。演劇を活用して地域活性化を仕掛けた方や「花いちもんめ」の千葉施設長を講師に招き、プログラムに磨きをかけていきます。「あるくと」事務局ではプロジェクト開始にあたり、作業の流れを体系化して参加アーティストたちに示したところ、それまで福祉に関心のある人しか参加しなかった「花いちもんめ」の出前活動に、手を上げるアーティストも増えました。
鈴木事務局長は「アーティストも必要とされることに誠実であるべき」とし、アーティストの社会参加を促すためにも、仕組みを作ることの重要性を説いています。
現在「あるくと」事務局では、施設でのヒアリングで要望のあった、鑑賞型で参加できるパートと歌を盛り込んだアクティビティを開発するべく、アーティストがチームを立ち上げ、稽古を積んでいます。新規プログラムの第一号として披露した「タイ舞踊とタイ民話のハイブリット紙芝居」は、入居者になじみのある施設職員を巻き込み、体操や楽器演奏など分かりやすいアクティビティを中心に構成。想像以上に入居者の反応も良く、アーティストと共に職員も驚きました。千葉施設長も「アーティストの動きに入居者がどう反応するかを職員が見て学ぶ。職員教育にもつながっている。入居者に楽しんでもらうことは、近隣施設との差別化にもつながる」と評価。施設と参加アーティストがお互いにフィードバックを重ね、プログラムを改良していきます。
アートプログラムの可能性
デイサービスや宿泊介護を行う老人福祉施設「花いちもんめ」は、津波で施設に被害を受け、職員も家屋や家族を失いました。
「あるくと」も、震災支援をきっかけに花いちもんめに足を運ぶようになりましたが、回を重ねるごとに老人福祉施設とアートの関係に可能性が見えてきました。「高齢化やコミュニティの問題は震災前からあったもの。老人福祉施設はその問題を解決するための機能が備わっている。その中でアートの役割を示すことができれば、『花いちもんめ』とのプロジェクトはモデルケースになりうると思う」(鈴木事務局長)。施設側の協力も得ているこのプロジェクトには、既に他の施設からの問い合わせがあります。
鈴木事務局長もこの取り組みを礎として、将来的に、高齢者から障害者、児童福祉の各種福祉分野へと、「花いちもんめ」から他の施設、他の地域とより広範囲へとの、2つのベクトルにアートプログラムを拡大発展できると期待を寄せています。
震災をきっかけに、市民社会の中でアートはどのような役割を担うのかという問題を突きつけられた地元アーティストたち。地元であることを強みに、被災者とお互いの「学びあい」を続けていきます。