助産師が「サロン」と「訪問」で母親を元気に
<特定非営利活動法人こそだてシップ>

団体と助成の概要

 

 被災地で出産を控えた母親や子育てをする母親のために、助産師として何かできるのでは——。岩手県大船渡の助産師有志が立ち上げた「こそだてシップ」は、震災によって集まる場所や相談相手をなくした母親が、気軽に集まれる居場所にとママサロンを開設しました。妊産婦にとって“いま必要なことは何か”を考え、求められる状況に合わせて活動内容を変化させていく、専門知識のある相談相手として妊産婦から頼りにされています。

 

安心してくつろげるサロンをつくる

 

 震災前から開いていた妊産婦のための相談室を、震災後2ヵ月という早さで再開し、ママサロンの立ち上げへと奔走してきた、こそだてシップ代表の伊藤怜子さん。「もともと大船渡や陸前高田など沿岸部は、産婦人科が少ない地域なんです。お母さんたちが気軽に来て、相談して、癒されるように」と、大船渡と陸前高田の両市で月1回ずつママサロンを開いています。

 当初は、妊婦や1歳半までの乳児とその母親が対象でしたが、「子どもが2、3人いる母親ほど参加したい、手助けしてもらいたいと思っている人が多いから」と未就学児まで広げることに。それまで一つの部屋だったママサロンを、妊婦と1歳までの「ベビールーム」と、1歳以上の未就学児親子の「キッズルーム」に分けたことで、いったん卒業した親子もまた集えるようになりました。

ベビールームの様子畳敷きのベビールームで、ゆったり過ごす親子。
子どもには手づくりおやつ、母親には軽食が用意され、お茶っこを楽しめる。

キッズルーム

キッズルームは、思いきり体を動かせる広いスペース。
今後は音楽や芸術などに触れられる場にもしていきたいと考えている。

 

 ある日、陸前高田で開かれたママサロンでは、畳敷きのベビールームに、助産師によるママのハンドマッサージコーナーやお茶っこコーナー、赤ちゃんの体重測定コーナーには、市の保健師の姿もありました。「子育てで手伝えることがあれば」と行政に声がけをしてきたことで、市の保健師と連携して活動できるようになっています。サロンでは、ベビーダンスで赤ちゃんと一緒に体を動かす母親もいれば、抱っこボランティアに赤ちゃんを預けてママ友とゆっくり話をする母親も。キッズルームでは、リトミックなどで体を動かして、子どもたちものびのび。サロンの活動は、母親がすぐに役立てられる離乳食のつくり方や絵本の読み聞かせなど、毎回内容は異なりますが、欠かさないのが助産師による母親へのハンドマッサージです。

「365日24時間、常に子どもへ愛情いっぱいに育てられるお母さんは、そうそういません。ハンドマッサージしているときにぽろりとこぼす言葉や、子どもに対する表情から、声なき声を感じとって、お母さんがストレスをため込まないように」と育児の相談にのります。

ハンドマッサージの様子ハンドマッサージの様子

 

 参加する母親からは「ハンドマッサージや手づくりおやつは、月に1度の贅沢な時間」「仮設住宅では子どもが泣き出すと、うるさいかと心配になるけど、ここに来ればどんなに泣いても大丈夫」という声も少なくありません。

 

仮設住宅を巡り、サロンに来られない親子のもとへ

 

 サロンは、開設2年で延べ1000組の親子が利用する場所として定着してきました。それでも伊藤さんたちスタッフは「サロンに来たくても来られない、来る気力がない、家族の介護もしているお母さんもいる」と山間や海辺まで「こそだてシップ号」を走らせ、仮設住宅や自宅に出向いています。訪ねると、待っていたかのように家にあげ、母乳相談や育児相談をする母親。その状況に合わせて、母乳の分泌を良くする食事やイヤイヤ期の対応法などをアドバイスします。それは、インターネットの情報だけでは対応しきれない、赤ちゃん一人ひとりに合わせた方法です。

伊藤代表と親子こそだてシップ号に乗って、妊産婦の家を巡回する伊藤代表。
家にあるもので代用する育児法のアドバイスも、喜ばれている。

 

 仮設住宅での育児についても「お腹が大きくなったら、近所の人にあいさつをしてね。産まれたら、赤ちゃんの顔を見せるのよ。そこにいる人の手を借りること。年配の人は声をかけてもらいたいのだから」という人生のベテランならではの知恵も。「こそだてシップの電話番号がお守り」という母親がいるほど、その信頼は厚いものです。これまで延べ192カ所に上る巡回訪問には、2013年10月から新生児への沐浴サービスが加わります。それも、「お母さんの疲れがピークになる時期に」という配慮から。本当に必要とされるときに、必要な支援を届けたいという想いからです。

 

いつかはお城のような「子育て支援センター」

 

 ママサロンや赤ちゃん巡回訪問を支えるスタッフは、地元の助産師有志に加え、東京の助産師がボランティアで駆けつけています。限られたスタッフ数であっても、必要とされる支援に気づけば、行動に移していく。それは、助産師の気質でもあるようです。「出産のときは、24時間でも分娩室でお母さんと一緒。一瞬で終わる仕事ではないんです。お母さんたちをなんとかしたいという熱い想いと行動力が根底にあるんです」と伊藤さん。

 大船渡と陸前高田で全戸配布される市の広報誌にも、こそだてシップの活動情報が載るようになりました。今後、より求められるのがスタッフの確保です。「笑われるかもしれないけど、赤レンガ造りのお城のような子育てセンターがほしいと思っているんです。交通の便利なところにコミュニティの中心となる核施設があって、お母さんたちが買い物できて、赤ちゃんや子どもが過ごせる部屋があって。そうしたら働いてみたいスタッフも集まるかも」。笑顔で語る伊藤さんは、この土地で産まれた子が、ここでまた子どもを産み育てていくように、という想いがあります。

(2013年10月 取材実施)