日本における子どもの貧困率(17歳以下)は、1985年の10.9%から2012年の16.3%へ年々増加傾向にあります(厚生労働省調べ)。東日本大震災は、新たな経済的な困窮者を生み出しただけでなく、以前から拡大していた格差も浮き彫りに。こうした家庭の経済状況が、子どもの基礎学力低下の一因ともなっています。
震災後、避難所となった学校が通常の授業を再開するまでの間をうめるため、避難所での学習サポートを仙台市内でいち早く開始したのが「アスイク」です。教育支援団体として発足し、子どもに寄り添う学習サポートの経験を強みに、より多くの子どもたちを支援できるようパソコンを使った学習支援プログラムにより、被災地における生活困窮家庭の子どもを支えています。
聞き取りで確信した貧困問題の顕在化
学校再開のめどが立たず、教育を受けられない子どもたちをなんとかしなければと発足したアスイク。代表理事の大橋雄介さんは、「避難所に長く留まらざるを得なかった家庭には、一人親や二重ローンを抱えているなど経済的に困窮しているところも目立った」と振り返ります。
その現状をつかむため、避難所や仮設住宅で学習サポートを行う一方、仮設住宅やみなし仮設住宅に住む子どもや保護者に聞き取り調査を実施。そこから見えてきたのは、震災を機に減給や失業に直面した大人の多くは、もともと経済的に余裕がない状況にあったことです。経済的な余裕のなさからくるストレスは、親から子どもへと及び、精神的な不安により学力が落ちることも。
ボランティアのメンバーや大橋さん(前列中央)。
教育に関心のある学生ボランティア約100人が協力している。
インターネットを使った学習サポートに転換
アスイクでは学生ボランティアの協力を得て学習支援にあたっていましたが、学生が多い仙台市内においてもボランティアの確保に苦慮していました。
「当時は、子どもと学生ボランティアが、それぞれ約100人いました。支援の規模をそれ以上に広げようと思うと、活動が維持できなくなるんです。大多数のボランティアに依存せず、子どもの学びたい内容や異なるレベルに合わせたサポートができないだろうかと考えた」と話す大橋さん。
そこで、パソコンとインターネットを利用して学習する「eラーニング」を取り入れた支援モデルを2012年5月から始めました。
アスイクが取り入れたeラーニングは対話型のアニメーション教材で、キャラクターの質問に答えていく形式です。回答の正解率により子どもの苦手なところを的確に把握し、難易度を調整しながら出題していくため、子どもはどのレベルにあっても達成感を得ながら基礎学力を高めていける良さがあります。
経済的な困窮家庭を対象として始めたeラーニングによる学習支援モデルは、アスイクだけで全て運用するのではなく、関心のある団体へシステムを導入し、運営ノウハウを提供することにより、さらに多くの子どもに幅広く対応することができます。
eラーニング導入先のスタッフに、システムの扱い方や子どもの目標設定の仕方など、
アスイクの学習支援ノウハウを伝える。
その学習支援モデルの提携先は、スーパーの店舗を使って行う約20人規模から、みなし仮設住宅の家庭で学ぶアットホームな4人規模まで様々。宮城県内を中心に12カ所あり、仮設住宅の直接支援拠点も含めると24カ所(2014年2月時点)を数えます。
提携先として重視しているのは、学力向上のみを目的とする団体ではなく、子どもの置かれた状況を理解しており、できるだけ包括的なケアができること。「例えば、みなし仮設住宅で4、5 人の子どもに学びの場を開き、母親代わりとなって食事も出すなど、家庭的な環境で学ぶことのできる、その地域に住む人でなければできないような支援を行っているところも提携先にはあるんです」と大橋さんは説明します。
勉強は教えることが苦手な人でも運営者になることができ、市民参画の裾野を広げられるのもeラーニング学習支援モデルの一つの特長です。それは、基礎学力を高める学習指導をeラーニングが受け持ち、子どもとのコミュニケーションをスタッフが受け持つという体制を整えているからです。
利用する子どもたちは自分のペースでレベルに合わせて学べるため、「分かりやすくて楽しい」と自分からパソコンに向かい、「不登校傾向の中学生がeラーニングの活動には欠かさず来るようになった」など、子どもが自ら進んで取り組む主体的な学び方へと変わってきています。
仮設住宅で続けている学習支援でも、eラーニング学習支援でも、
大切にしているのは子どもたちとの関係づくり。
子どもにとってのセーフティネットに
「経済的な事情から家族との関係を築けず、学校に行かなくなったけれども、うちの活動には来る子どもがいます。ここなら自分を受容してくれる、繰り返し相談にのってくれるからでしょう」。学習支援をきっかけとしたつながりが信頼を生み、子ども自身が自分の中に希望を見出し、「進学して資格を取る」「将来はNPOの活動をしたい」といった目標を語る子どもも出てきました。
「地域への広がりはこれからですが、『子どもの貧困にちゃんと取り組んでいこう』という動きは出てきたように思います。今後は、提携団体同士のつながりにも力を注ぎ、学習支援モデルを被災地から全国へと広げ、経済的に学ぶ機会が限られた子どものセーフティネットになりたい」と、大橋さんは希望を語りました。
(2014年2月インタビュー実施)