震災は乳幼児を持つ母親の子育てにも多大な影響を及ぼし、1年半が経った現在でもストレスを抱え続けている母親が少なくありません。「一般社団法人 マザー・ウイング」では、宮城県仙台市に住む母親を対象に自分の気持ちを吐き出す場所の提供や、同じ境遇にある母親たちのつながりを生み出す活動をしています。
同じ境遇にある仲間と悩みを共有
2012年8月下旬、宮城県仙台市にある泉区中央市民センターで「きびたん’sいずみ」が開催されました。福島県の鳥「キビタキ」にちなんだ名前の会には、福島県から仙台市に避難している乳幼児を抱える母親たちが集まります。この日参加したのは7組の母子。自己紹介から始まり母子一緒に体を使った遊びをし、緊張がほぐれたところで座って話を始めます。スタッフが進行役になり「日常で困っていることはありますか?」と質問を投げかけると、「仙台に来て半年。子どもを上手に診てくれる病院が見つからなくて…」「子どもの食事はどの程度気をつけていますか。授乳中なので気になっています」などの不安や質問が飛び出し、それに対して他の参加者がアドバイスをする場面も見られました。
「きびたん’sいずみ」は、福島県から仙台市へ避難している母親同士で情報交換をしたり、つながりをつくったりすることで、母子が新しい場所でも孤立を感じることなく生活できることが目的。口コミなどで参加者が増え、多いときには20組ほどの母子が集まります。今回で2回目の参加という2歳の子どもを持つ母親は「家で子どもと過ごしていると一人で考えすぎてしまうので、こうした場で思っていることをゆっくり話せるのは嬉しいですね。福島県から避難している人同士なので、何となくお互いの気持ちが分かるんです」とすっきりとした表情を見せました。
泉区で開催される「きびたん’sいずみ」の他に、太白区では「きびたん’sたいはく」も実施していて、それぞれ毎月1回子育てや生活の不安などの思いを発散し、母親同士の交流も生まれています。また、スタッフからは仙台市内の子育てに関する情報が提供され、福島県からの避難者にとって、仙台での情報収集の場ともなっています。
悩み、葛藤の中の子育て
「きびたん’s」は、「マザー・ウイング」が指定管理者である子育て支援施設「のびすく泉中央」にて2011年12月、福島県から仙台市への母子避難者たちが「ふくしま絆ピーチ会」を開催したことがきっかけ。その後参加者が増えたことで、より多く母子たちが集えるようと「マザー・ウイング」が「きびたん’s」を開催するようになりました。
福島県から宮城県への避難者は2,523人(2012年9月13日現在、福島県調べ)。仕事などの都合で福島県を離れられない父親を残し、母子だけで自主避難している母子も少なくありません。このまま仙台で子育てを続けるのか、子どもをどの地域の学校に入れればいいのか、福島と仙台の二重生活で、経済的に継続していけるのか…。避難者たちは、様々な悩みを抱えながら暮らしています。
理事の小川ゆみさんは「福島からの避難者は様々な葛藤を心に抱えていることが多いもの。同じ境遇の仲間たちと思いを共有したり悩みを語り合ったりする場が必要」と話しました。
母親のケアで子どもも元気に
「マザー・ウイング」では、福島県からの避難者のケアに限らず、仙台市とその周辺の母親を対象にした「ママの気持ちトーク」も実施しています。これは、震災後に悲しみや不安を抱える母親たちを対象に、専門のカウンセラーを招き、少人数で安心して話のできる場を提供するもの。託児付にすることにより、母親が自身の気持ちに集中して向き合うことができます。
小川理事は「会を重ねるごとに表情が明るくなる方が多いですね。自分の気持ちに気づき、大切にする癖をつけてもらいたいと思っています。母親が元気になることが子どもへの好影響となりますから」と話し、母親へのケアが結果的に子どもの健全な成長にもつながり、良い循環を生むことを示しました。
また、専門のカウンセラーを招くことにより、母親へのケアにおけるスタッフ間のノウハウ蓄積にもつながっていると言います。
「仙台での子育てを楽しんでもらいたい」
「マザー・ウイング」のスタッフは、ほとんどが子どもを持つ母親。子育ての先輩として、施設の利用者や会の参加者から相談も度々受けるそう。小川理事は「被災地では、一人ひとりが様々な悩みを抱えていても、周囲も震災により困難な状況にあることで、自身の悩みを打ち明けづらいという方が多い」と被災地特有の悩みがあることを話し、「ずっと仙台に住んでいる人も、新しく仙台で暮らしている人も、仙台での暮らしを好きになって、楽しんで子育てをしてもらえたら。そのために、寄り添ってサポートできる場を提供していきたい」と笑顔で語りました。
福島からの避難で不安を抱えている、悩みをなかなか打ち明けられない—。震災後、様々な状況におかれている母親たちへ向けた、きめ細やかな「マザー・ウイング」の活動が、子育てを続ける母親たちの拠り所となっています。
(2012年インタビュー実施)